『無知』であるということは。




















『純真』であるということは。

























『罪』であるということだ。


























  【  四神転生  】  























2






















子供は、それ自体が『罪』な存在だ。

なぜならば、彼らは、『無知』であり、あまりにも『純真』で『純粋』過ぎるからだ。

それによって生じた『事』は、少なからず何かしらの世界を無意識のうちに傷つけることになる。そして、彼ら『子供』は、その傷口から流れ出た血をも何とも思わず、更なる傷口にその無垢なる鋭い刃を突き立て続ける。だからこその『罪』。











『初めまして、私の名前は、篠宮美和子(しのみや みわこ)というの。これから織音(おりと)ちゃんは私たちと一緒に暮らすのよ?これからは、私をお母さんだと思ってね』

眼前に差し出されたのは大人の手。大きくて、ふっくらとしていて、柔らかそうなそれ。それがあまりに『お母さん』の手だったから躊躇していただけだったのだが、反応を見せない私に対して何を勘違いしたのか、美和子と名乗った女性は小さく眉を寄せ、悲しげに微笑った。

『そうだよね・・・いきなり一緒に暮らすだなんて、勝手に決めたりして・・・ ・・・それにお母さんだと思えなんて嫌だったよね?私が無神経だったわ・・・ごめんね、織音ちゃん』

そう言って項垂れる美和子の差し出された手は、力なくおろされる。

『しょうがないよ、美和子。織音ちゃんだって、まだ混乱しているんだ。織音ちゃん・・・君の本当のお父さんやお母さんにはなれないけど、二人が帰ってくるまで、僕や美和子がずっと、ずっと一緒に居てあげるから・・・だから、僕たちと一緒に暮らしてくれるかい?』

先ほどの手と同じく大きな大人の手が、頭の上に置かれ、ゆるく撫でられる。男の人の手。すこしごつごつした手だ。硬くて、大きい。それでも暖かいのは変わらないその手に安堵した。

だから、『うん』と、小さく頷いてみせれば、二人が本当に嬉しそうに笑っているのが見えた。

その姿が、当時三、四歳ほどの私には、嬉しくて・・・嬉しくて。
















ただ、いつもそうだったように、その幸せを壊すのは、いつだって私だった。






















生まれて初めて、その瞳の中にこの世界を映し出した瞬間から、その兆候はあったという。

泣くこともせず、ただ瞳をいつもきょろきょろさせて、何処かに指を指して何かを訴えていたらしい。

抱き上げられることをひどく嫌い、もし人に抱かれようものなら、この世の終わりのような悲痛な・・・言い換えるなら、気でも狂ったかのように泣き叫んでいたそうだ。

それは、誰が教えてくれたことだったのか、記憶は定かではないが、自我が目覚める前にはすでに、その異形の姿を捉えていたのは確かだろう。

そして、そのときはまだ、言葉を発するということが出来ぬほど幼かったため、その異様さに誰も気づかなかった。

気づかぬことが、気づかせないことが、正解。暗黙の了解とも言うべきもの。自分を守るためなら・・・愛するものの心を守るためなら・・・。















私は、それを知らなかった。

幼かったから。

だから成長して、言葉を知ったときにはそれを指差して音に乗せていた。







『あれはナニ』と。






















初めて言葉を発したのは、三歳。









『おとうさん』とか、『おかあさん』とかではない。









その言葉に二人も少し戸惑ってはいたものの、優しく話しかけてくれていた。『何って、何があったの?』、『何が見えたの?』と。

























それから一年程。

言葉を知り、発することが出来るようになった頃、私は幼稚園の年長組に入園した。

そこで更に言葉を覚え、話すことを覚え、そして、発する。














『なんで、おじさんもおばさんも、いたくないの?くびにまっくろいけだまがかみついてるのに。ちだっていっぱいでてるのに、なんで?』











『なんで、みんないたくないの?あんなにまっくろいけだまがいっぱいかみついているのに、ちだっていっぱいでているのに、なんでいたくないの?』







『てれびのおねえさんのくびからなにかはえているよ?おとなりのおにいさんは、あたまぜんぶがまっくろいけだまにたべられちゃっているよ?おかおがないよ?なんでかな?』






『おじさん、おばさん・・・きょうカナちゃんのいえにいったら、いえのなかいっぱいにくろいけだまとか、おおきなくちをパカパカさせてるくろいおおきなけだまがいっぱいいて、きもちがわるかったよ・・・かみつかれそうになったから、かえってきたの!こわかったよぉ』







『ねぇ、おばさん・・・うちのなかのかべじゅうにあのくろいのがいて、こっちをみているの!どうしよう!』

























壊れるのが先か、知ることが先か。

















答えは簡単。




































『もういやぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!』
































『無知』であるということは。




















『純真』であるということは。

























『罪』であるということだ。































『いいけげんにして!』



























『この――――・・・





























化物がぁっ!!!!!!』






























「っ!!!はっ・・・はぁっ・・・はぁ・・・ ・・・はぁ・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
っち

カーテンの隙間から差し込む光は斜めに、一直線に薄暗い室内を照らす。

その強い眩さに、朝だという認識よりも、今飛び起きるようにして目を覚ました少女には、今しがた見た自分の幼き頃の夢に、聞こえるか聞こえないか程の小さな音で舌打ちをする。

背中はぐっしょりと汗をかき、額には冷や汗が玉の雫となって、少女の少し血の気の引いた青白い頬を音もなく滑りおち、シーツに染みを広げる。無造作にかきあげた肩にかかるほどの髪もまた、汗でしっとりと濡れている。

清々しい朝としてはこの上もなく最悪だった。

少女は、目を半ば閉じ、ふっと小さく吐息を落とすと、また小さな舌打ちをし、気だるげにその肢体を起こす。

枕もとに置いてあった携帯電話で時間を確認すれば、朝の八時半を少し回った頃。

学習机の上に無造作に置かれた学校指定の鞄にちらりとだけ視線をやった後、ため息を吐き出し、呟く。

「・・・ ・・・今日も遅刻だな」と。





















 ⇔ 







≪コメント:思ったより進まないこの話。今回は、微妙に主人公の視点で書いてみました。ちなみに、あの絶叫してるのは、主人公ではありませんよ?ただ今回、勢いで書いてしまったので、後々修正をいれることになるのでは・・・と思います≫